寺社仏閣に馳せる思い

魅力的な寺社仏閣を備忘録的に綴るブログ。

埼玉県越谷市 久伊豆神社

埼玉県越谷市にある久伊豆(ひさいず)神社は、緑に囲まれた長い参道が特徴で、正月ともなれば初詣の人たちで長い行列ができます。

創建の年代は不詳ですが、平安時代の中期以降には除災招福の神として武士や庶民の信仰を集め、今も地元の人々に親しまれる神社です。古来より周辺の七ヵ村の総鎮守とされ、明治政府より当地の総鎮守として郷社に列格されています。 

立派な本殿は寛政元年(1789)に建立されたもので、本殿裏手の社叢は市指定記念物になっています。

10月から11月上旬の休日には七五三の参拝に大勢の親子が訪れ、可愛い晴れ着姿をあちこちに見ることができます。

また、境内の藤は樹齢200余年ほどで、埼玉県指定の天然記念物です。見ごろになる5月上旬には大勢の観光客でにぎわい、亀がたくさんいる池と満開の藤棚の風景は、落ち着いた風情ある赴きを味わえます。

手水舎で上を仰ぎ見ると、「登龍門」の彫り物があります。これは一見地味ながらよく見ると大変見事なので、ぜひ見逃さないよう気をつけて下さい。

参拝や観光で疲れたら、昼食は近くのお蕎麦屋さん「そば処久伊豆」でいかがでしょう。テーブルも座敷席もあるお店です。

テーブル席は膝の調子が悪い年配の方も安心して行けますね。テーブルは和の風情がないと感じる方もいるかもしれませんが、こちらのテーブル席は大きな木目があって、椅子と合わせて和の雰囲気たっぷりです。

住所は埼玉県越谷市越ヶ谷1700。

行き方は、東武スカイツリーライン越谷駅下車、徒歩約25分。

バスは東口より「花田循環私立図書館行」の朝日バスに乗り、「久伊豆神社前」で下車してすぐになります。駐車場は第三まであります。

熊本県 阿蘇神社

阿蘇神社は、全国的にも「日本三大楼門」のひとつとして有名な神社です。


楼門とは、入口にある二階建てになっている門のこと。
一つは茨城県鹿島神宮、一つは福岡県福岡市になる筥崎宮、そして熊本県阿蘇神社です。
茨城と福岡の楼門はそれぞれ高さ13m、16mに対し、阿蘇神社はなんと22m!


大迫力の阿蘇神社の楼門、2016年の熊本地震で倒壊し、現在は復旧中とのこと。
2016年の11月から復旧が開始し、阿蘇神社のfacebookページで復旧の様子が配信されています。
楼門の正面に掛けてあった扁額(へんがく)が先日、1年半ぶりに取り出されたそうです。
損傷も少なかったそうで、こうやって少しずつ復旧していくことを願うばかりです。

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兵庫県 清荒神清澄寺

日本には土地を守る「屋敷神」、家の入口を守る「門の神様」など、家にまつわる身近な神様がたくさんいます。そのなかのひとつ「台所の神様」を祀っているのが兵庫県宝塚市にある清荒神清澄寺きよしこうじんせいちょうじ)です。

清荒神清澄寺は、地元・宝塚ではとても有名なお寺で、初詣や各種法要の時などは参道が大渋滞になるほどの賑わいです。
このお寺は、平安時代の初頭に争いのない平和な社会、万民豊楽の世界を願って創建されました。
地元の人々から「荒神さん」と呼ばれ、古くから親しまれています。
火の神、台所(かまど)の神としてあがめられてきた清荒神清澄寺の御札を、厨房の神棚に祀る信仰は、この土地に暮らす人々の習わしとなっています。

境内には、文人画家・富岡鉄斎の「鉄斎美術館」があり、年に数回企画展示されています。
清荒神清澄寺には約2000点もの絵や書道、資料などが所蔵されています。
そのほか、お寺の歴史や信仰などを学べる資料館、さまざまな厄除火箸が奉納されている「火箸納所」などもあります。

参道の両側には、お寺名物の食べ物や日用品、骨董品などの店舗や出店が、約200店舗も軒を連ねています。なかなか広いお寺で結構歩くので、参拝後はこの参道で休憩するといいかもしれません。

秋葉原 神田寺

神田寺(かんだでら)は室町時代に創建された法禅寺と、江戸初期に創建された安民寺を前身とする浄土宗のお寺です。明治期以降は神田に寺院がなかったことから、全日本仏教会創始者であった故友松円諦師によって千代田区外神田の現在地に創建されました。

 

当寺の前身である法禅寺は臨海山遍照院と号し、徳川将軍家とゆかりの深い芝増上寺の末寺に当たる浄土宗のお寺です。至徳元年(1384年)に言譽定賢により創建され、東海三十三観音霊場の一つとしても知られています。もう一方の前身である安民寺は、関東十八檀林の一つである霊巌寺の学寮として創始されました。

 

法禅寺、安民寺は明暦の大火、関東大震災第二次世界大戦で焼失し、数度の再建や移転が行なわれています。大戦後の昭和22年(1947年)、故友松円諦師の「都心部仏教を布教したい」の想いを受け、外神田に地名を名乗る神田寺を建立したのがお寺の始まりです。

 

神田寺のご本尊は木造の阿弥陀如来坐像です。お寺では開創から600余年を経て、宗祖である法然上人の慈恩に深く思いを致し、「法灯の護持に一段の精進を持って臨む」としています。

 

神田寺の年間行事としては1月1日の「修正会」、3月20日の「彼岸会」、4月8日の「花まつり」、11月15日の「遊行会」などがあります。秋葉原駅からほど近い場所にあるお寺ですので、一度訪れてみてはいかがでしょうか。

 

竹橋 妙法衛護稲荷神社

妙法衛護稲荷神社は、地下鉄半蔵門線都営線神保町駅のA1出口から、徒歩1分のところにあります。

 

都会の中ですが、共立女子短大校舎の裏にある、細い路地を入ったところにあることから、とても寂しいところにひっそりとたっています。近くを通っても、しっかりと探さないと、もしかしたら見逃してしまうかもしれません。

 

さらに、妙法衛護稲荷神社の創建や由来は、不明ということで、不思議な魅力の神社となっています。言い伝えによりと、もともと、ある家の敷地内の、「家の屋敷神」であったとされています。

 

その後、その家は何かの事情で他に移ってしまいましたが、この祠だけが取り残されてしまったのではないかと言われています。また、いつ頃建てられたかは不明ですが、大きな震災や戦災の被害を受けていないことから、明治後期から大正期頃に建てられたと考えられています。

 

この妙法衛護稲荷神社は、「防火防災」のご利益があるとされています。そして、毎年二月初午が祭日となっています。 ここに訪れるとみられる二つの「お狐さん」ですが、このお狐さんは、檻でしっかりと守られています。

 

あなたも都会の一角にひっそり佇む、このミステリアスな神社に訪れてみてはいかがでしょうか。

 

 

神田 佐竹稲荷神社

佐竹稲荷神社は、千代田区内神田にあり、神田駅西口商店街の中程に位置します。

 

比較的小さい神社ですが、人目につきやすい所にあるので、ご存知の人も多いのではないでしょうか。ここは、寛永12年(1635)に、秋田藩佐竹氏が鬼門除けをするために創建したとされています。そのこともあり、この周辺は、昔「旭町」と呼ばれていました。

 

この名前の由来は、秋田佐竹家の家紋である「扇に日の丸」からきたと言われています。このように、この周辺は昔から、秋田藩佐竹氏との関わりが大変深い場所だったことがわかります。

 

大正12年におきた関東大震災の後、この地域は区画整理が行われました。その際に、この今ある場所に遷座されることになりました。現在の佐竹稲荷神社は、昭和28年に宗教法人法から神社本庁に法人登記され、「火伏の神様」や、「商いの神様」、さらには「神田の守護神」として、地元の人に親しまれています。

 

佐竹稲荷の取り持つ縁によって、神田と秋田県湯沢市は、「絵どうろうまつり」と呼ばれるイベントを神田で行なっています。神田と言えば、「神田明神」が有名ですが、ここを訪れれば、一味違った神田の姿を見ることができるのではないでしょうか。

 

興味がある人はぜひ一度、足を運んでみて下さい。  

 

 

小川町 幸徳稲荷神社

幸徳稲荷神社は、東京都千代田区神田小川町にあります。

 

一般的に神社というと、住宅街の中というよりも、人気のない静かな所にある神社を思い出す人が多いのではないでしょうか。しかしここは、都会のビルが立ち並ぶ一角に、ひっそりとたっている、ビルの二階にあります。

 

幸徳稲荷神社へ行くためには、白い階段を上がっていかなくてはなりません。そして、その階段を上がると、こじんまりとした鳥居が現れます。 もともと、江戸時代山城国城主稲葉丹後之守の江戸小石川中屋敷に祀られていましたが、明治維新後に、小川町の守護として建てられました。

 

昭和二十一年に、小川町北部町会が解散し、現在のような4つの町会になりましたが、この時、幸徳稲荷神社奉信会が結成されました。幸徳稲荷神社は、ここに住む人にとって、昔から深い関係があります。

 

現在は、此度宗教法人となり、「新築し子孫の守り神」として多くの人に親しまれています。  また毎年、5月14日と15日には、「修祓式」が行われ、この時に多くの人がここを訪れます。神社好きな人は、都会にひっそりと佇むこの幸徳稲荷神社に、ぜひ足を運んでみてください。

 

今までとは違った、都会ならではの神社を楽しむことができるのではないでしょうか。